神田伯山の意味や経歴は?嫁や父親はどんな人?あいつ今何してる

おはようからこんばんは!オモナガです(^-^)

2020年5月6日に放送される

あいつ今何してる』では、

講談師の神田伯山さんが出演されますね!

講談師っていうのは私あまり馴染みがないのですが、

神田伯山さんはテレビでも話題で

私でも知ってる有名人ですね!

しゃべりが面白くて会話がとても上手なので、

口下手な私は非常にうらやましいです( ;∀;)

今回の記事では神田伯山さんについて、

名前の意味や経歴は?

嫁さんや父親はどんな人だったの?

こんな感じで情報を集めてみました!

是非、ご覧ください(*‘∀‘)

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神田伯山の意味や経歴は?

【神田伯山画像】

出典:https://headlines.yahoo.co.jp/

【プロフィール】

名前:神田伯山(かんだはくざん)

本名:古館克彦(ふるたちかつひこ)

生年月日:1983年6月4日

出身地:東京都豊島区池袋

血液型:A型

職業:講談師

所属:日本講談協会、落語芸術協会

神田伯山さんが芸人を目指すと決めたのは高校の頃、

すぐ演者になるより観客としての目線を鍛えたほうがいいと考え、

大学に進学したそうですね!

既に売れるためのプロセスを高校の頃から考えていて、

もの凄いビジネスセンスを感じますね!

講談の面白さに気づいたのは大学時代の頃ですが、

落語と比べると評価が恐ろしく低かったそうです。

確かに落語のほうが有名なイメージですね~(‘ω’)

そこで神田伯山さんは、

『この世界はもっと若くて野望を持った奴が

1人いれば変わるんじゃないか?』と思ったんですね。

俺が変えてやる!って野望を持った瞬間ですね(*‘∀‘)

神田伯山さんは2007年、

武蔵大学経済学部経営学科の卒業を経て、

2007年11月に人間国宝である

3代目神田松鯉(かんだしょうり)に入門。

神田松之丞の名跡を襲名します。

2012年の二ツ目昇進時代から、

独演会では定員数百人の会場を満員!

チケットが手に入らないほどの人気になるんですね!

100年ぶりの講談ブームの立役者として、

テレビやラジオでも出演が決まって

注目を浴びるようになっていきます(^-^)

私がテレビで知りはじめたのも、

この頃だったかもしれないですね!

前名は神田松之丞でしたが、

2020年2月11日に、

44年間空席だった講談の大名跡である

『神田伯山6代目』として襲名されたんですね。

なんだかドラマチックで歴史が動いた瞬間!

って感じですね(*‘∀‘)

『伯山』の名跡は、

前座まで在籍した元直弟子さんが預かっていたのですが、

お弟子さんは実業家で講釈師を辞めていたため、

この名前は復活できないんじゃないかと言われてたんですね。

お弟子さんに初対面のときは説得するも断られたようですが、

2回目も半ば諦めで、

ラフなGパン姿みたいな恰好で会ってみたところ、

はっきりした物言いが五代目に似ていた印象から、

6代目の襲名を許されたんですね!

MBS『サワコの朝』の対談でこの話をされたそうですが、

真剣な話も面白い下りが入っていてさすがです笑

さて、この神田伯山の意味ですが、

初代神田伯竜が輩出した3人の高弟の一人が、

初代神田伯山さんなんだそうです。

ほか2人は初代神田伯鶴、

初代神田伯海、のちに初代松林亭伯圓と名乗ります。

歴史は江戸時代から続いていたので、

凄い歴史を感じますよね~…

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神田伯山の嫁の古舘理沙はどんな人?

神田伯山さんの嫁さんである古舘理沙さん!

『講談師の風雲児』を支える奥さんとはどんな方なのか

凄く興味がありますね(^-^)

元会社員だった古舘理沙さんですが、

落語や講談には全く知らない世界だったのですが、

出版社に就職して2年くらい経った頃、

たまたま宣伝会社の人に誘われて

上野にある鈴本演芸場を訪れた際、

落語の魅力にはまったんですね!

落語に出会ってからは4年で会社を辞めて

落語や講談をの観客を集めるイベントを主催する

興行師として独立されます。

古舘理沙さんは、

日本唯一の女興行師なんだそうです!

当時30歳だったそうですが、

凄くかっこいい生き方です(*‘∀‘)

古舘理沙さんは興行師1,2年目は、

家賃が払えるかも心配なほど苦労する毎日だったそうですが、

3年目でようやく食べれるほどになったそうですね。

努力は報われたんですね!

神田伯山さんと出会ったのは会社をやめ

興行師をはじめたばかりの頃です。

2010年に寄席演芸興行いたちやを立ち上げ、

キャパ12名の小規模だったんですが、

そこに出演したのが神田伯山さんだったんですね。

江戸の落語は『水墨画』のような

熱演しないのが粋みたいな世界だそうですが、

神田伯山さんの講談は『劇画』みたいに、

効果音いっぱいでスペクタクルな印象だったとか。

講談を知れば知るほどなぜ演じ手が少ないのか

不思議なくらい奥深い面白い世界と感じたそうです!

神田伯山さんの「講談を世に広めたい」という目標に対して、

古舘理沙さんもその目標を手伝いたいと、

マネジメントを請け負うことにしたんですね(^-^)

そこから徐々に距離が近くなって、

付き合って結婚に至ったんですね!

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神田伯山の父親はどんな人?

神田伯山さんの父親ですが、

小学生の頃、遺書を残して亡くなっていたことがわかりました。

幼い頃には厳しい思い出ですね…

遺書には

「いろいろな方にご迷惑をおかけしました」と、

凄く震えてた字だったそうです。

学校では平気な素振りで通っていたようですが、

葬儀のときに学校の仲間たちが来たときは、

信じられないぐらい涙を流されたそうです。

神田伯山の父親は貿易の仕事をされいて、

ときどきキャッチボールをしてくれたそうです。

きっと心優しいお父さんだったんですね!

調べた情報は以上です!

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